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Sophia Cradle IncorporatedPresident Blog : 2005年01月

2005 年 01 月 13 日 : Web marketing II

学校で教えてくれないことで、商売で最も大切なこと。それは「お客様のクオリファイ」である。お客様は誰なのか?これを考えずに商売して痛い目にあっている人は意外に多い。

人は家や自動車の購入や株式投資などで個人にとって大きなお金を動かすとき、どれにしようかと真剣に品定めをする。けれでも売り手として誰をお客様にしようか?、という逆転の発想ができない。

このことを学んだのは IBM の営業研修の場だった。ソフトウェア研究職を希望して入社したはずだった。いつの間にかそんな仕事もするようになっていた。IBM はセールスとマーケティングに秀でた企業だった。

学校で学べるベンチャー起業に必要なことは読み書き算盤くらいだろう。会社でもなかなか学べない。IBM 時代に商売で最も大切なことを学べたことは有り難かった。その経験がなければ、もっと苦戦していたに違いない。

「お客様のクオリファイ」は商売における基本中の基本。

マーケティングと営業をインターネットを駆使して展開しようと目論んでいる。スタッフも未経験分野だけに勉強しながらのアプローチである。試行錯誤もあり、上下左右にぶれることもある。少しずつ良い方向に収束しつつある。

インターネットはメディアである。

視聴者に適切なメッセージを投げかける行為は実社会以上に重要である。クリックするだけで、利用者は簡単に他のサイトやページへ移れる。だから、思わず購入してしまいそうになるくらいのインパクトあるメッセージを発信しなければならない。

どんな会社のどの部署に所属されているとか、どんな仕事のアプローチをされるのかとか、どんな夢を描いているのかとか、…お客様を仔細に想像しながら、イメージを創っていくプロセスが最も重要な仕事だ。

それができないと、お客様との適切なコミュニケーションがとれない。フェイストゥフェイスであれば、担当者のセンスで臨機応変に対応できる。インターネットではそれはできない。だからお客様のイメージをしっかりとプログラミングしなければならない。

携帯電話向けアプリ開発者の中でも、テクノロジーに興味があり、高度なアプリを開発し、世界をリードする最先端をゆくイノベーター。それがソフィア・クレイドルの今のお客様のイメージ。

想像力が肝心要である。しかし想像力の豊かな人は稀有な存在だ。

人生の夢を思い描いて生きる習慣が少ないせいなのかもしれない。けれども、いろんな新しい目標にチャレンジする過程で、きっと想像力は養われるだろう。

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2005 年 01 月 12 日 : Web marketing I

ハイテクベンチャーの場合、新規性のある製品をどうやってマーケティングするのかが最大の課題だろう。周囲のベンチャーを見渡すと、素晴らしい製品や技術はあるのだけれども、良さを世の中に完全に伝えきれていない現実を常々痛感している。

過去、個人の才能に頼った営業活動を展開したこともあった。しかし日の目を見ることはなかった。昨年の4月、アプローチを根本的に変えた。インターネットマーケティングに集中特化する決断をした。この秋から成果が徐々に実りつつある。

まだ製品の良さを充分に伝えきれていない歯がゆさがあることも事実である。けれども成長のペースも早い。既成概念にとらわれない発想をすれば良い。長い目でホームページの進化のプロセスを楽しんでいるとも言える。

このような進め方はどこか違和感が漂うかもしれない。進みすぎた歩調を半歩遅らせるほうが良いこともあるのも事実。ハイテクベンチャーの Web マーケティングのアプローチについて手法の例としてまとめことにある。

蒔く種の種類が異なれば咲く花も違う。インターネットマーケティングも、目的や理由が違えば結果もそれ相応に様々だ。原点といえる部分を抑えておくことは何よりも大切だろう。 

先ずはインターネットマーケティングに集中した目的と理由についてまとめてみる。

(1)インターネットは時間と空間の壁を超えるためのツールだ。自動車や鉄道、飛行機を遥かに超えるインパクトある、潜在能力を秘めた偉大なツールである。歴史を紐解けば、優れた武器を持ち、それを行使した者のみが勝者となれた。これからの新しい時代において、インターネットはそんな存在になるに違いない。

(2)ソフトウェア業では世界マーケットで製品の価値が認められることが必須とも言える。メーラーやブラウザ、オフィスツール、画像編集ツールなどのソフトウェアは世界中の人びとが利用している。世界で戦えるかどうかが重要なキーなのだ。製品の良さを広く世界に伝えてくれるインターネットはコストパフォーマンスに優れた偉大な武器である。

(3)Web は、1 年 365 日 24 時間無休で指示通り働く営業マンでもある。時間と空間の壁を超えて、瞬間的にオートマティックにマーケティングしてくれる。Web の能力に比例して売上は決まる。それは Web を創るチームの成果である。個人の才能と能力に頼る営業とは趣が異なる。Web マーケティングの場合、チームの智慧がシナジー効果として Web プログラミングされるわけだ。

(4)ソフトウェア製品はインターネットで流通できる。大幅にコスト削減できる。必然的に高収益な企業となる。21 世紀の企業にとって付加価値の極大化は重大なテーマだ。

(5)世界を移動する営業活動が不要となる。無駄な時間は生まれず、実質的な仕事にのみ時間を使える。高付加価値な経営が自ずと実現される。勿論、お客様との対話はある。メールや Web をベースとしたコミュニケーションでも意思疎通は十分可能だ。

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2005 年 01 月 11 日 : 携帯でもウイルスが…

携帯電話でもウイルスの問題が顕在化してきている。欧米を中心にウイルス感染被害が拡がりつつあるようだ。

ITmedia Mobileのニュース:「Skulls」の新亜種はFlashプレーヤーを装って携帯電話に感染

一年ほど前からニュースなどで時々報道されていたのだが、最近はこの種のニュースを頻繁に目にするようになった。これから、携帯電話でもウイルスが猛威を振るうことになるのだろうか。

パソコンにウイルスメールが送りつけられる度に鬱陶しさを感じる今日この頃。携帯電話でもやられるとなると堪ったものじゃない。

今のところ、SymbianOS というオペレーティングシステムが載っている携帯電話で感染するウイルスをよく聞く。SymbianOS といえば、日本ではNTTドコモやボーダーフォンの一部の最新機種に搭載されている。

一応、NTTドコモでは、SymbianOS のアプリケーションはネット配信していないし、利用者が勝手にシリアルケーブルなどでインストールできないからウイルスに感染する心配はない。しかし、ボーダーフォンの702NK などは自由にアプリケーションをインストールできるので、ウイルスに感染しないように注意が必要だ。

最近の携帯電話には「FeliCa」が搭載されるなど、財布としての機能まで果たすようになってきている。ウイルスによって携帯電話の利用者がパソコンと同じように、或いはもっと切実に悩まされることになるかもしれない。

これからウイルスのようなはた迷惑なものを、どうやって駆除するかということが、携帯電話でも重要な課題となるのではないだろうか。

今現在、キャリアなどが検証したアプリケーションしか携帯電話にインストールできないようにするのが最善策と考えられている。しかし、一般の善意のプログラマーが、自由に携帯電話向けのアプリケーションを開発し、インターネットで公開できないデメリットは甚大だ。

だから、携帯電話のウイルスを駆除する、或いは感染を予防するようなところにも、今後、ビジネスチャンスは拡がってゆくのだろう。

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2005 年 01 月 10 日 : Diversity

ソフィア・クレイドルを創業する前から、さまざまな専門性や文化的背景を持つ、意欲に溢れた精神的に若い人たちと一緒に仕事をしたいと願っていた。そのような多様性こそが、創造的なアウトプットに繋がるのだと感じていた。

アスリートたちが、基礎トレーニングを繰り返すことで、筋力を鍛えるように、創造的な仕事をするためには、脳のシナプスを活性化したり、思考の筋力を柔軟にしたりといった種類の訓練が必要だと思っている。

いろんな考え方、発想をする人がいればいるほど、話がまとまらないという危険性もあるわけだが、意外な考え方を、相手が打ち出してくれることで、それまで眠っていた自分の脳神経が働いて活性化するのではないだろうか。

あることを、いろんな角度、観点から議論をすることで、独創的なアウトプットが生まれるだけでなく、スタッフたち全員がクリエイティブに成長してゆく。

日本の大学は、文系、理系と分かれていたり、更には学部、学科と、縦割りに細分化されている。研究内容にしても閉塞感が漂っている感がある。

ソフィア・クレイドルでは、そういう文系、理系、学部、学科、学歴、国籍など関係なく、できるだけ偏らないように、多様な人材で組織を構成するようにしている。

コンピュータソフトウェアを研究開発するのが本業であるけれども、画家や、文学、ファイナンスが専門のスタッフもいる。コンピューターを専門とするスタッフもいれば、物理学や数学が専門のスタッフもいる。日本人だけでなく、ルーマニアと中国から来日している外国人もジョインするなど、多彩な異能が集まる場を目指している。

外国のスタッフと会話するときは、日本語と英語、ボディランゲージなどが入り混じった形でコミュニケーションすることになったりするが、こういコミュニケーションが、お互いの創造性を活性化してくれるように思える。なんとなく、英語と日本語とでは使う脳のシナプスが異なるようで、気のせいか普段使っていない回路が活性化されるようにも感じる。

同じ専門どうしのものでも、観点や設計や趣味は異なっている。共通するものもあるし、異なるものもある。

以前紹介したように、アップルコンピューターの創業者スティーブ・ジョブズ氏のいうように「Creativity is just connecting things. (創造性とは物事を関連付けて考えることに他ならない)」と思う。

万華鏡のように、多種多様な視点を組み合わせながら、その中でも、最も調和がとれて、美しいと思えるものを作品に仕上げ、世に送り出したい。

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2005 年 01 月 09 日 : Bootstrap

ブートストラップ」というコンピューター用語がある。全く別々の存在である「ハードウェア」と「ソフトウェア」とが一体となって、コンピューターが稼動し始めるまでの一連の処理手順のことだ。

最初は「ROM」にハードウェア的に記憶された「ブートローダー」と呼ばれる、ごく小さなプログラムがメモリーに読み込まれ、ハードウェアの初期設定がなされる。そして、「ハードディスク」に記憶されている「オペレーティングシステム」が読み込まれ、コンピューターは動作可能となる。

昔、初めてコンピューターを勉強し始めた頃、鶏と卵の関係みたいなコンピューターの根本的な動作原理に興味を持って、このことを熱心に研究したのが懐かしい。

ベンチャー起業というのも、経営が安定するまでの一連の出来事はコンピューターのブートストラップに似ているように思える。製品とお客様、どちらが先かはっきりとしないが、会社がある程度軌道に乗ってくると、なんとなく製品とお客様とがハーモニーを成すように感じる。

お客様から必要とされるもの、欲せられるものが製品として提供される様が、次第次第にパーフェクトに近づいてゆく。

コンピューターも ROM に記憶されたブートローダーと呼ばれる極々小さなソフトウェアが無ければ動作しないわけで、コンピューター全体からすればそれが最初の重要なキーとなっている。

ベンチャー起業においても、コンピューターのブートローダーに相当するような、キーとなる小さなきっかけが掴めるか否かでその後の道のりは大きくことなってくるのではないだろうか。

創業して 3 年が経過し、お客様の数もまもなく 100 件を超えようとしている。しかも、時の経過と共にお客様の数の増加の勢いは加速している。最初はなかなかペースが上がらず、歯痒い日々を過ごすことも多かった。

幸いなことに、ある日を境として世界が変わったかのようにお客様が増えている。これも最初のお客様から始まっているわけで、最初のお客様から注文書をいただいた感動は忘れえぬ思い出として脳裏に強く刻まれている。

スタッフがこの時の感動と感謝を忘れない限り、きっとベンチャーを弛みなく成長を続けるんだろうなと思う。

ここまで来るには地道なマーケティング活動が続いた。もともと押し売りのようにして、製品を販売する性質ではないので、営業的には苦戦することが多かった。逆に言えば、それが良かったといえるのかもしれない。

これまで特に意識してやってきたことは、お客様との対話だ。販売代理店網を創って、製品を販売するのではなく、当社がお客様に製品を直接販売する道を選択したので、必然的にお客様との対話が続いた。

製品が完成すれば、メディアに流す、プレスリリースの文章は、丁寧にどの仕事よりも力を入れて努力した。そして、いろんなメディアに掲載されることが叶った。製品開発で多忙な時期でも、携帯 JavaBREW の技術情報の文章を寄稿したり、情報発信に努めた。

それらをきっかけにして、お客様との対話が始まったように思う。最初は製品の無償評価版の提供をし、お客様から評価版を試用した感想や印象、評価といったものを根気強くヒアリングした。お客様も忙しいので、なかなか本音を話してくださらないが、次第に製品のどこを改善すれば、お客様に受け入れられるのかが分かってくる。同時に、お客様との信頼関係も深まっていった。

要はお客様との対話を繰り返しながら、製品の機能をゆっくりとバージョンアップしていった。閾値とはこういうことをいうのかもしれないが、感覚的なのだが、製品のレベルがある段階を超えた時点で注文が増え出したように思える。インターネットや i モードの利用者がある時点を境にして、急増したあの感覚に近いように思える。

お客様との対話を根気強く続け、それをフィードバックし製品を育てる。そして、お客様からの注文をいただいた時の感動と感謝を大切にし、堅実、着実な商売を継続することこそがベンチャー起業の王道のような気がしてならない。

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2005 年 01 月 08 日 : Accelerate!

創業 4 年目を迎える。

創業した当初は、霧の中を走るような感じで未来のことをはっきりとイメージできなかった。でも、いまではだんだんとそれが見えるようになってきた。

やっていて分かったのは、未来は自ら切り拓き、創るしかないということだ。強く念じたことは時間を要しても確実に実現してきた。

最初は建物の基礎を創るような仕事が大半を占めた。大地震が来ても倒壊しないように、建物でも高層ビルになればなるほど、その基礎はしっかりとし磐石なものになっている。あるいは、メルセデス・ベンツのように完璧で安全な車を製造する過程もそうなのだろう。

基礎の上に、できる限り高く美しい超高層ビルを建てたい。だから、会社を創業してからずっと基礎固めを何よりも重視して仕事に励んできた。その基礎工事もようやく一段落する。

基礎を創るという仕事は、「売上」や「利益」といったように直接目にすることができないので、感性によって完成の具合を見極めるしかない。人によっては目隠しをされて自動車を運転するような不安感を抱くかもしれない。

これは、研究開発型ベンチャーが成長するために、乗り越えなければならない最初にして最大の難関なのだろうと個人的に思っている。

私たちがやってきたことは、本気になってやろうと思えばきっと誰もができることだろう。しかし、ゼロの状態からスタートし、確実な未来が保障されない中にあって、その努力を創める人も少なければ、継続する人はもっと少ない。ビジネスチャンスは、大抵こんなところにあるものだ。

最も大切なのは「アイデアを具体的な行動に結びつける」ということではないだろうか。

実際問題として、これができない場合が大半。だから、競争そのものがなくなって、そのレースに参戦しているだけで勝ち組になれる。能力や才能に自信を持てなかったとしても、それを創めた者は実地の体験や経験を通じて自己の潜在能力を開花し、ブレークスルーしてしまうのだ。とにかく、初めの第一歩を踏み出すのが肝心だ。

若ければ若いほど、人は自分の夢と希望を鮮明にイメージしている。無気力のようだとか、楽をしたいだけなのではないかと評されても、あるいは自らもそう思い込まされているだけ。本当は、潜在意識の中であっても、イメージをちゃんと持っている。だからこそ、実際にはいろんなアイデアを実現できるチャンスに恵まれている。けれども、それを実現する具体的な手段や進む方向が直ぐには分からない。

1 人でも夢と希望を共感するスタッフがいる限り、実現の可能性はゼロではなくなり、ゴールに向かって前進している。そのまま歩み続ければよい。

勇気を出して挑戦するだけで、成功する確率はぐっと高くなる。アイデアというものは、後から振り返れば、あんな簡単なことは自分でもできたのに!と人が悔しがって思うようなものばかりだ。

超高層ビルでいうところの、基礎を創る段階を越すと、次第にその先にある未来の展望が遥か彼方まではっきりとしてくる。ベンチャーをやっていてワクワク&ドキドキする瞬間の始まりでもある。

創業 1 年目は、ブランドも実績も、売るべき製品も無かった。少しばかりの資本金と志を同じくするスタッフたちだけだった。創業初年度と 4 年目のいまを比較すると、この 3 年間で大きな違いがあることに改めて気付く。私たち自身、これまでいろんな苦労や壁を乗り越える度に成長してきた。いまは過去に実績があり、しかも完成度の高い製品だって存在している。会社や製品のブランドも少なからずある。はっきりと確認できる「売上」と「利益」というものも毎月増加している。

ベンチャー起業というのは、苦しい環境にあっても、それを突破する過程において、自らの潜在的な能力を獲得、開花してゆくプロセスに近い。そのプロセスを繰り返す毎に、ベンチャーは加速度を増して急成長してゆくのではないだろうか。

根本を辿れば、結局は私たち自身そのものにあることがわかる。人間的な成長なくしてそれは達成し得ない。ある意味では、ベンチャーを創める意義をそこに見出すこともできる。

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2005 年 01 月 07 日 : 馴らされた鴨

この鴨の話はご存知だろうか?

デンマークの哲学者、キルケゴールの「馴らされた鴨」の話である。一度は耳にしたことがあるかもしれない。創業以来、公私にわたってお世話になっている先輩社長からも、IBMといえば「野鴨の話」で有名ですね、といわれ驚いたりする。

実は、IBMに入社したのが、この話を知るきっかけだった。そして、星の数のように、あまたこの世に紡ぎ出されし物語の中でも、この話が私の潜在意識に強くしみこんでいるらしく、未だにその印象を忘れることができないでいる。

それはこんな内容の話だ。

『毎年晩秋の頃になると、鴨の群れは食べ物を求めて南へと旅立っていった。ある日、その土地に住む老人がその鴨の群れに餌を与え始めた。すると、その年から、冬になっても、その鴨の群れは南へと飛び立たなくなってしまった。飛ばなくとも食べ物にありつけるので、その太った鴨たちは飛ぶことすらしなくなった。そして、その老人が亡くなり、その飼いならされた鴨たちは、食べ物を求めて自分の翼で飛ぶ必要にやっと駆られたが、もはや飛ぶことはできず、全ての鴨が死んでしまったという。』

この話に感銘を受けた、米国IBM社の二代目社長トーマス・ワトソン・ジュニアは、さらに次のような言葉を残している。

「野鴨は馴らすことはできる。しかし馴らした鴨を野性に返すことはできない。もう一つ、馴らされた鴨はもはやどこへも飛んでいくことはできない。ビジネスには野鴨が必要なのである。」

この話を忘れ得ないのは、IBM時代、入社間もない頃に聴いたからだろうか。だから、サラリーマンをしていた頃も、私は、少なくとも飼い馴らされた鴨にはなりきれず、自分というものを主張する、上司たちからすれば管理しにくい存在であったかもしれない。上司にとっては、入社してそんなにも即、トーマス・ワトソン・ジュニアの言う通りの飼い馴らされない鴨にならなくても、という気持ちであったことだろう。

ベンチャーを創業した今となっては、そのような精神でもってサラリーマン時代を過ごせたことはとても幸せだったと思う。

黙っていても、毎月決められた日に、自分の銀行口座に決められた給与が振り込まれるという「飼い馴らされた鴨」のような感覚で働く習慣がついていたとしたら、ベンチャーを創業したとたん倒産、もしくは廃業に追い込まれたことであろう。

独立するということは、毎月自分の銀行口座に決まった給与が振り込まれる生活から決別するということなのだ。自分たちが創った商品を買ってくださるお客さまを創造しない限り、自分の銀行口座にお金が振り込まれることはありえない。

お客さまを創造できなければ、あとは餓え死にするしかないのである。極端な話をするならば、ベンチャー創業とは生死を賭けた戦いとも言える。

しかし、逆の視点から、この事実を眺めれば、社会的に意義のあることを成し、たくさんのお客さまを、そして仕事というものを、無制限に創造することもできる。

そうして得たお金を、社会的に意義のある、より大きな仕事に投資することによって、スタッフたちと会社はぐんぐんと成長することもできるし、その収穫を社会に還元することも可能だ。

IBMで学んだこの貴重な言葉は、ベンチャー起業の支えにもなっている。IBMで働いて良かったと実感できる瞬間でもある。「馴らされた鴨」の話は、ベンチャーが偉大な企業へ成長するための道に通じる何か普遍的な話のように思える。

同じIBM出身者でも、このトーマス・ワトソン・ジュニアの精神を信じ、ここまで本気で実践し行動している者は少ないような気がする。ある意味では、このために辛く厳しい壁にぶち当たることもある。しかし、いつか長い人生を振り返る時に、これこそが人生を豊かに有意義なものにしてくれた鍵だったと回想できる日が来ることを願いたい。

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