ホーム > President Blog : Sophia Cradle Incorporated

Sophia Cradle IncorporatedPresident Blog : 2004年12月

2004 年 12 月 20 日 : Kaleidoscope

世界は抽象化を極めれば、四次元の万華鏡のように不思議な魅力に満ちた景色になるのかもしれない。

「過去」、「現在」、「未来」の時間の流れと、「ヒト」、「モノ」、「カネ」の経営資源からなる空間の構成との関連を鮮明にイメージすることは経営者にとって欠かせない。

過去から現在への時の流れから未来の空間を予測できるかできないかで、その経営する企業の命運が大きく左右されるといっても過言ではない。

時間の流れに伴う空間の連続的な変化を見通すセンスを磨くためにはどのようにすればいいのだろうか。

経営的な観点、特に、会社を創リ出すということに絞って述べてみたい。

普段から心掛けているのは、音楽を聴くこと、それから絵画を観ること。

音楽を聴くことで、時間軸に沿ったリズミカルな感性を磨ける。歌には、簡潔な詩的表現に込められた“思い”とリズムのシンクロ二に感動も発見できる。強弱をつけたり、ペースを速めたり、遅くしたりと名曲に匹敵するように行動できれば、自然な流れで進めるんじゃないかと感じる。

名画の鑑賞では、な色合いとかオブジェクトの配置といったものの感性を磨ける。誰が見ても美しいと言われるような良いものができればいいし、プロジェクトに関わるスタッフや必要な資源を、どうやって適材適所させるか。それによって結果はまったく違った風に変化する。ほんの少しの断片によって景色が変わる万華鏡のように。

経営は、時間軸上に展開される事業の空間をどうやって最適に制御するか――である。プロデュースする、コラボレートするということである。

映画の場合、映画のシーンに合わせて、それにフィットする音楽が自然に醸し出されるような感じで、時間と空間をどうコントロールできるかということに似ている。

感性を磨く上で、音楽や絵画といったような芸術から感じ取り学べる要素は非常に多い。

日本の教育では、芸術以外の受験勉強が中心になっていることが多い。最近思うのは、芸術から得られるものが役立っているということ。名画、名曲、と言うものの、判断も人それぞれであるのかもしれないけれど、シンプルに考えて、まず自分が好ましいと感じるものを、大切に押さえていけば間違い無い。

京都には 1000 年以上にわたって生き残ってきた、音楽、建物、庭園、絵画、古文書など数多くの遺産がある。ほんの少し足を伸ばしただけで美しい自然、それも、昔ながらのナチュラルなものと人の手の粋を凝らしたものがある。

絢爛豪華とわびさびと、雄大な美とささやかな美とが共存している。ここには、時間と空間を想起させるありとあらゆる美しいものが有る。

願わくば、過去の遺産や伝統を受け継いで、京都の会社である、と名乗ることができるように会社を育て上げたい。

2004 年 12 月 19 日 : ステルス

ミハエル・シューマッハを擁して F1 レースで連戦連勝のフェラーリ

カローラに代表される大衆車でその名を世界に知らしめ、自動車販売では世界第 2 位となったトヨタ

派手さ&クールさならフェラーリ。

ビジネスという観点ならトヨタ。

多くの人が見かけが華々しいものを好む。自動車の例で言えば、トヨタよりはフェラーリがカッコいいと思う。カッコ良さとビジネスのスケールは必ずしも一致しない。研究開発では画期的な成果でも、消費者には高嶺の花でビジネスがブレークしないこともある。

トヨタや松下電器産業など、消費者にコストパフォーマンスに秀でた製品を開発し提供して、発展した企業の戦略や戦術から多くを学べる。

携帯電話のソフトウェア業界をどのように俯瞰すべきかをまとめてみる。

今、携帯電話はブロードバンドで、世界共通の 3G 携帯に切り替えが進んでいる。NTT ドコモの戦略に顕著なのだが、3G 携帯電話ではオペレーティングシステムLinuxという、現在、サーバー用途で利用されているものが採用されたりしている。(NTT ドコモが採用している 3G 携帯電話向けのオペレーティングシステムにはSymbianOS もある。これも高性能な携帯電話向けのものだ。)

もともとサーバーで使われていたものである。大掛かりな研究開発もできる。だから多くのハイテクベンチャーはそちらに向かっている。それを動作させるには、高価なハードウェアが必要である。結果的に、出来上がる携帯電話は高価なもの、或いはスピードの遅いものとなってしまう。

値段が高ければ、マーケットに流通させる局面で、消費者への販売には無理があり非現実的なのである。世界マーケットで考えてみて欲しい。日本ほど豊かな国は、 5 本の指で数えるくらいしかない。

日本人でも高いと思う携帯電話は、世界で普及する状況は望めない。それがLinux携帯電話の現状の姿ではないだろうか。

携帯電話向けソフトウェア事業を展開する上で、どのプラットフォームを選択すべきかをこのような実態から定めた。

ハイエンドな携帯電話よりもハードウェア的には少々見劣りするかもしれないけれど、安価な携帯電話でも、ソフトウェアテクノロジーを駆使することで、高級な携帯電話に匹敵するくらいの性能を発揮させることができる。それがクアルコム社が自社の 3G 携帯電話向けチップと共に提供している BREW である。

創業した年は、KDDI はまだそれを正式採用するとは決めてなかった。冷や汗ものだったけれど、必然的にこうなるであろうという予測はついていた。

心強かったのは、クアルコム社は 3G 携帯電話の CDMA という技術を独占的に有している会社だったということだ。

世界中に広く普及するであろうCDMA の 3G 携帯電話のプラットフォームを発見して、それに向かって研究開発を積極的に進める会社が皆無に近かったことも、追い風になった。

値段が安いとはいっても、技術的な観点からすれば、BREW というプラットフォームは昨日もお話した ARM という携帯電話の CPU をダイレクトに扱えるという、とても興味深い一面を有するものであった。これまでの一般の携帯電話向けソフトウェア開発会社ではなし得なかった仕事ができるオープンな環境でもあるのだ。

最近のソフトウェアの開発といえば、JavaVisual Basicなどの高級プログラミング言語が常識だ。

ARM というプラットフォームでは機械語という 2 進数でプログラミングすることによって、携帯電話の性能を極限まで引き出せる。この仕事は誰にもできるわけではなく希少価値があり、技術を追求する前向きな技術者にとっては、非常に楽しい仕事なのである。

偶然にも、技術的な興味も十分に満たされ、競争も少なく、将来的に世界中に大きく拡がる市場を発見することができて、やっとその成果が収穫できつつある今日この頃である。

1 年後、NTTドコモも BREW と呼ばれるプラットフォームを採用するようだ。

ハイテクベンチャーでは、テクノロジーの研究開発競争は熾烈である。経営戦略として、激しい戦いから逃れ、戦力の消耗を避けつつ、こっそりと隠れて、いつの間にか拠点を全て制覇する。いわばステルスな行動をとる作戦が功を奏する場合が多い。

2004 年 12 月 18 日 : 魔法のエンジン

道端に 1 万円札が落ちていたとする。大半の人はその 1 万円札を拾う。1 円玉であったなら、ほとんどの人は拾わずに素通りするだろう。

逆説的なようだけど、ビジネスでビッグチャンスを掴むためには、1 万円札よりも寧ろ 1 円玉の方を拾う。そして、その1円を大切にし倍々に増やすことを考えるのがよい!

1 万円札を拾うと、人は増やそうという発想よりも、拾った 1 万円を無駄に使ってしまう傾向がありはしないか?1 円玉を選択するなら、その時点ではそれだけでは何もできない。増やすには何らかの思考が必要になってくる。

お金というものは、何も考えずに使ってしまえばそれで消滅してしまう運命にある。お金を増やすエンジンを手に入れることができれば、永遠に無限にお金が産み出せる。

お金には不思議なところがある。

ゲーム理論的に、ビジネスで大事なのは、どうやってそのお金を産み出すエンジンを構想するかだ。1 円しかなければ、増やさない限り生きていけない。必然的にそんな発想になる。

2 ヶ月経たないと 2 倍にならないとしても、昨日の日記の話に書いたように、継続して 2 ヶ月毎に倍になれば 5 年後には 1 円は 10 億円になっている・・・計算では。そのペースでいけば、10 年後には天文学的な金額になっているだろう。

最初は元手が少ないので増えるペースが遅い。諦めて脱落する人たちも多い。だからレースに参戦しているだけで、知らず知らずのうちに最終的に勝利していたりする。

目先のお金に囚われず、長期的な成功を得るために、1 円玉を拾うような選択をしてきた。最初は事業曲線は水平線を描いていた。徐々に傾きが上向くようになってきている。

確かに苦しい時期もあり、その度にさまざまな事情で離れてゆくスタッフもいた。創業以来残っているスタッフは、試練に耐えてきただけに、安定した企業で働いていた場合よりも、1 桁以上も成長して立派になっている。

「 1 円玉を拾う」という選択には別の意味もある。

それは何か?

目に見えない魅力がたくさん隠されているのに、見かけが地味過ぎて、好んで選択する人はほとんどいない。

最初から強力なライバルが全くない。喩えるなら、多くの人は、渋滞する道路で目的地を目指すのに、空いている逆の道を快適に自分の好きなペースで前に進むような感じだ。

IT 業界で言えば、ブログSNSグループウェア検索エンジンのようなシステムは、なんとなく派手で儲かりそうな感じがする。多くの人が跳び付いてしまう。

そこでは熾烈な激しい競争が繰り広げられる。マイクロソフトと正面切って競争して勝つのは至難の技だ。

混雑した息苦しいところは避けたいので、ARM というようなプロセッサで機械語のプログラミングをしたりする方を選択している。都会の大きな本屋でも ARM というプロセッサのプログラミングの書籍を探し出すのは至難の業。それくらい、いまは地味な世界である。

100 人中 99 人は ARM ってなんのことか分からないと思う。実際にはほとんどの人が日常生活で利用しているにも関わらず。

ARM は、世界中の大半の携帯電話に採用され搭載されている。パソコンで言えばIntel(インテル)のような存在だ。携帯電話の心臓部分に相当するものである。数の上では、インテルの CPU 以上に世の中に普及している。ほとんどの人はこんなに大きなマーケットがあるのに入ってこようとしない。

インビジブルだからである。

本当のビジネスチャンスはこんなところにあるものなのだ。

今、ユビキタスコンピューティングのビジネスとはこんな感じで展開される。

ARM を研究して、任天堂ファミコンのゲームが au の携帯電話で動作する成果も得られている。 

インビジブルな魅力溢れるマーケットで、こういうエンジンの仕組みを考え出す辺りにベンチャーが飛翔できる道が隠されている。

2004 年 12 月 17 日 : ムーアの法則 −流線型の軌跡を描く−

ベンチャービジネスをする以上、会社に関わる全ての要素が指数関数曲線を描いて成長することを願っている。皆が幸福になるために、どうすればその成長を達成することができるのかという戦略を策定し、実践するのは経営者としての最も重要な役割だと思う。

指数関数のカーブを描くには、事業領域を定める時に、指数関数の原理原則で業界そのものが動いている領域を探し出せば良い。

いまの携帯電話向けソフトウェアビジネスを創める前に着目した要素は、i モードが発表された 1999 年頃からムーアの法則(Moore's lawが携帯電話にその舞台を移して働きだしているという前兆だった。

ムーアの法則とは、「半導体の集積密度は 18 ヶ月で倍増する」という法則のことで、米国インテル社を創業したメンバーの一人、ゴードン・ムーア氏が発見した。携帯電話の場合、集積密度が毎年倍になるくらい急激なスピードで、ハードウェアは進歩している。

ベンチャーにとって毎年倍増のペースで業界が成長するのは非常に有難いことなのである。何故なら、大企業が参入をためらうような、最初は無視できるくらいニッチな市場も、ほんの数年で巨大な市場へと成長してゆくからだ。

指数関数曲線を描く」とはどういうことなのか説明してみよう。

例えば、最初は収入が 2 円でもそれが日々倍増すれば 1 ヶ月後にはいくらになるか即答できるだろうか。

実際に電卓で計算すると次のようになる。

     1日目:          2円
     2日目:          4円
     3日目:          8円
     4日目:         16円
     5日目:         32円
           …
    10日目:       1,024円
           …
    15日目:      32,768円
           …
    20日目:    1,048,576円
           …
    25日目:    33,554,432円
           …
    30日目: 1,073,741,824円

5 日目の時点では収入はたった 32 円だったのに、その後、数字の伸びが急激に増えて 1 ヵ月後にはその収入は 10 億円という規模にまで膨らんでいる。実はインテルマイクロソフトオラクルもすべてこの法則の波に乗って成長していったのだ。

これは数字の話であるけれども、偉大な「ムーアの法則」が、一種の超小型コンピューターと見なせる携帯電話の世界でも確かに働き、その波に乗ることは不可能ではないと信じて事業を展開している。

この事業はまだ始まったばかりなので、上の例でいえば、いまは 2 円とか 8 円とか 32 円の程度の市場でしかない。しかし、世界中の全ての人々が携帯電話を持つようになれば、世界の人口は 60 億とも 70 億ともいわれているだけにその市場は大きい。だが、世界で携帯電話を所有する人口が指数関数的に増加をするとは考えられず、ある一定の有限な飽和点に収束することになる。

けれども、1 台の携帯電話の中に入っている半導体に着目すれば、上で列挙した数字の如くその集積度が高まる。従って、今後、たくさんのコンテンツやアプリケーションをインターネットからダウンロードし、無尽蔵に記憶させることができるようになると考えることができる。これから 10 年間は急激な勢いで、携帯電話にネット配信されるコンテンツやアプリケーションの市場が急成長すると見通している。

以上のような目論見で、次世代携帯電話にインターネット経由でネット配信される、期待を膨らませてくれるような、次世代のコンテンツやアプリケーションを、簡単に、瞬時に、開発できるツールを提供し、個々の携帯電話のメモリに保存されているコンテンツやアプリケーション 1 個あたりに料金を課金するビジネスモデルを展開しようとしている。

現在、世界市場には 15 億台の携帯電話が普及している。3 年後には 25 億台以上にまで普及台数が増える見通しだ。「ムーアの法則」によれば、携帯電話 1 台あたりに記憶可能なコンテンツやアプリケーションの数も、年々指数関数的に増え続ける。

要するに指数関数曲線の波を捉えることが最も重要である。

2004 年 12 月 16 日 : ダイヤモンドの原石

ダイヤモンドの原石は時間をかけて磨かれることであの眩い輝きを放つ。ベンチャーというものはダイヤモンドの原石を発見し、それに磨きをかけてゆくプロセスに似ている。

米国オラクル社創業者、ラリー・エリソン氏も発言しているように、「いまは誰も気付いていないが、将来的に世間の脚光を浴びるであろうことに積極果敢に挑戦する姿勢」こそが次の時代を担うリーダーたちに必要とされる資質である。過去に偉大な業績を遺したリーダーたちの経歴を研究すれば、それがよく分かる。

世の中を観察していると、その逆を突き進んでいる人たちがとても多い。既に有名になっていたり、流行っているものに飛びつくという具合に。自分の人生がそんなことに左右されるとすれば、後悔することも多いかもしれない。

いわゆる一流といわれる大学や会社に入ってしまえば、なんとなく将来約束されたような安心した気分になる。努力をするのは入るまで間だけという人が多い。大抵の人は、自分の未来を、安定しているけれども発展や面白味の薄い状態にするために安定しているかに見える組織を目指す。

大企業に在籍していた頃に痛感したこと。大半の社員がそういう気持ちで働いている。だから時代を変革するような気概といったものがほとんど感じられず、ワクワク、ドキドキする気配すらなかった。10 年後、20 年後、30 年後の安泰した自分をはっきりとイメージできるから、大企業で働いているという人がほとんどだった。

それで何が起こるか?

本来は予想がつかないはずの未来を、主体的に創造する人が誰もいなくなり、最終的には衰退してしまうという流れ。ローマ帝国モンゴル帝国も、あれほど巨大だった帝国もいまや存在しない。他者を頼りにして、自分の生きる道を他者に委ねてしまう人々が増えるに伴い、組織は崩壊してゆく。

いまの日本では、戦後の高度経済成長期に大きく発展を遂げた大企業の多くがそのような症状を呈している。今後の行く末がとても危惧される。山一證券、ダイエー、UFJ 銀行などは氷山の一角に過ぎない。これから数十年のうちに、多くの有名大企業が次々と倒産したり、整理統合されたりしてゆくことになろう。

歴史を振り返れば、巨大な組織が崩壊するときには必ず新たなる新興勢力が出現し、それまで牛耳っていた旧勢力に取って代わってきた。そして新しい文明、文化が出現した。だから、このような混沌としたご時世のなか、ベンチャーは、旧態依然とした組織に代わって、新しい時代を切り拓いてゆく使命を担っている。

今は視界には見出せない。でも時の経過と共に姿を現すだろう偉大な何かを求めて励むということは、やりがいのある仕事だ。見えないものを見えるようにするというのは、魔法のような話だけに、それを現実とするには、ひたむきな訓練や努力が必要である。

ダイヤモンドの原石に輝きを与えるような仕事を目指したい。そこに人生にとって最も貴重な何かがありそうな気がする。

2004 年 12 月 15 日 : ビジネスの軌道 −後編−

何が起こるのかよく分からない未知の世界へ挑むには勇気がいる。だが、ワクワク、ドキドキする楽しく愉快な気分も同時に味わえる。そう、みんな子どもの頃は知らないことを、日々ワクワク、ドキドキしながら学んで成長していったと思うけど、そんな時の感覚に近い。大人になってからもこんなふうにベンチャーをするのは、ある意味ではいつまでもそんな希望や夢を実感していたいからかもしれない。

過去に存在しなかった前例のない製品を研究開発するだけでも大変なことだ。その上、製品が、お客様にとって、喜んでお金を払ってまで使いたいというレベルに仕上げることができなければ、ベンチャーは市場から姿を消す宿命にある。そういう世界に自分の身を置いている。

実際には、命を落とすわけではないのだけれど、命を賭けた冒険に近い一面もある。だからこそ、それを達成できたときの光景は、冒険者たちが自分たちの野望を果たした時と同じくらい、誇らしい充実感に満ちたものなのだろう。

製品を研究開発するにあたって、その実現可能性については、未知の技術ではあるが自分たち自身を信じるしかなかった。塵も積もれば山となるように、大きな目標を小さくブレークダウンして、一歩一歩堅実に着実にプロセスを進めていった。諦めず、粘り強く、頑張ることで、遂に製品は完成した。厳しい局面もあったけれど、なんとか乗り越えることができた。普通の人なら途中で挫折し、諦めてしまうだろうと思うほど、大変な時期もあるにはあった。人生を賭けてやるんだという意気込みが後押ししてくれたのだと思う。バージョン 1 にしてはなんて素晴らしい!と自画自賛できる製品を完成させることができたのだった。

報道機関にプレスリリース文で新製品について紹介すると、新規性があり、市場に及ぼす影響力があるかもしれないということで、新聞、インターネットなどのメディアに私たちの製品や技術が採りあげられた。たくさんの先進的なお客様からその無償評価版への申し込みが殺到した。普段何気なく接しているマスコミというものの有り難さをその時初めて味わった。

ソフィア・クレイドルが扱っている製品の場合、一番厄介なのは何かというと、テストデータを自社で作れるほど人や時間がないということだった。例えば、携帯 Java 専用アプリ圧縮ツール SophiaCompress(Java) の場合、お客様も、何人もの人、何ヶ月もの時間を投入して、やっとの思いで一つの携帯電話向けゲームとして完成させる。それが一つのテスト用データというわけだ。しかもプログラムの構造のバリエーションは数え切れない。それら全てのバリエーションに対応させなければ安心して製品として販売できない。自社で自力で全てのケースを網羅するテスト用データを作ることは事実上不可能だった。自社ですべてのテスト用データを作るとすればそれだけで数億円以上の費用がかかったことだろう。

しかし、SophiaCompress(Java) を提供した当時は、類似製品は市場に存在しなかったので、お客様は前向きに評価版を試してくださった。ある時は、SophiaCompress(Java) が未完成であったために圧縮できなかったアプリケーションを、多くのお客様がテスト用データとして無償提供してくださった。お客様のアプリケーションで発生した不具合を、その都度修正することを繰り返すことで、製品の信頼性が飛躍的に高まり、実用化のレベルに達していくのが、実際見ていてよく分かった。このようにして、製品はお客様の好意に支えられつつすくすくと育っていった。

もし製品レベルの類似製品が既に市場に存在していたとすれば、こんな手を打つことは事実上不可能だったろう。そのチャンスを掴むことによって、膨大なコストをかけることなく新規性のある製品が常に問われる「信頼性」というものを飛躍的に高めていったのだ。同時に、お客様との対話を通じて、ニーズやウォンツを取り入れて、実用的な水準へとその価値を高めていった。このように、安心して、飛行機に乗れる状態にしていったのだ。

いまから、同じジャンルの製品を開発していこうとすれば、このような方法は難しいであろう。何千、何万もの膨大なテスト用のプログラムを自前で用意しなければならないし、信頼性を上げるためにその数を増やそうとしてもほとんど不可能だ。何よりも先進的なお客様との対話も難しい。恐らく、こういう背景があることも、競合他社が未だに現れない事情になっているのだろう。

新規性のある製品の場合、機能性以外に「信頼性」というものが大きくものをいう。我々は信頼性を飛躍的に向上させるために以上のような手段をとった。ご協力いただいた先進的なお客様には言葉では言い尽くせないほど感謝している。

こういう事業の進め方において、リレーショナルデータベースの世界ではダントツでシェアナンバー 1 の米国オラクル社が創業時に採った戦略を参考にした。リレーショナルデータベースの理論を世界で初めて考案し、発明したのはIBMEdgar F. Codd氏である。オラクルの創業者であるラリー・エリソン氏は、いち早くその論文を読み、その将来性を見抜いた上で、IBMよりもずっと早く未完成なリレーショナルデータベースを世の中に提供し始めた。当初、そのデータベースはバグだらけで、ほとんど使いものにならなかったらしい。が、リレーショナルデータベースを待ち望んでいた熱狂的な一部の顧客から支持され、いろんな不具合や市場ニーズを取り入れることを繰り返すことで、それを発明した IBM を差し置いてリレーショナルデータベースの市場では圧倒的なナンバー 1 企業となったのである。

歴史は繰り返すという。過去の事例から、適用できる手法はないかどうか探したり、研究することで得られる教訓は数知れない。


追記:

オラクル創業者、ラリー・エリソン氏の参考となる言葉

"I admire risk takers. I like leaders - people who do things before they become fashionable or popular. I find that kind of integrity inspirational."

2004 年 12 月 14 日 : ビジネスの軌道 −前編−

人はさまざまな経験を、記憶の中に残して積み重ねつつ、いつしか成長を遂げる。ふりかえってみて、成長の分岐点を見出すこともあるし、分からないこともあるだろう。

新規性のある製品は、どのように成長するのだろうか。

新規性のある製品とは過去に存在しえなかった製品である。

それを使用するということは、世界で初めて開発された飛行機に搭乗するようなものであるかもしれない。墜落する危険性を考えれば、誰しも乗りたくない。

大空を飛びたいという夢を共有する人。発明に対して新しい発想のある人。しかも搭乗して実験と検証をする勇気のある人がいなければ、飛行機は無く、現在の航空業界も存在しなかった。

無名のベンチャーが新規性のあるビジネスを展開しようとするのならば、最初に、どのようなお客様がいて、どんな夢を持ち、どのような状況で、製品やサービスを購入するのかを熟慮したほうがいい。

ソフィア・クレイドルは携帯アプリの圧縮技術ユーザーインターフェイス技術でスタートした。

現在も世界市場で同業他社を見出すことは難しい。製品が完成したばかりの頃は、知名度や実績、特に営業の点で見劣りする部分がかなりあった。今年の夏あたりからは急に風向きが変わったように、製品が自然に売れるようになった。

その経緯について製品の成長の観点からまとめる。

ソフィア・クレイドルが開発し、販売しているものは、携帯アプリの開発の生産性や品質を飛躍的に高めるツールである。

圧縮ツールにしてもユーザーインターフェイスにしても、いろんな種類の携帯アプリでの採用実績があって初めて製品として誇るに足るものになるのではないか。何の実績も無いものを使うというのを、先の飛行機の例で述べると、世界で初めて研究開発した飛行機らしきものに乗ってみることなのである。どうしても飛行機に乗らなければならない、という状況にあっても、いくら安全であると説明されても、それは、やはり危険な賭けであり、大変な勇気を必要とする行為だったのにちがいない。

創業時は無名であるソフィア・クレイドルの製品をなぜお客様が使う必要があるのか?

何の実績も無いのである。

携帯アプリの世界では、プログラムサイズの制約や使いやすいユーザーインターフェイスを持つアプリを開発することが想像以上に厳しいことに着目していた。

当時、世界市場ではどの会社もそんなことはしていなかった。実現できるかどうか、それから、開発したものが売れるかどうかということは客観的には分からない。

私たち自身、携帯電話向けのソフトウェアの開発者として、そのようなソフトウェアテクノロジーを渇望していた。抑えがたいニーズとウォンツはあるに違いないと信じた。

<前のページ |  1  |  2  |  3  |  4  | 次のページ>